《interview》嵯峨美術大学(および嵯峨美術短期大学) 学長 : 森本 武

捻くれ方というか、反権力的な考え方がヒッピーみたいですね・・・。まぁヒッピーにも色々いますけど。

ドラッグばっかりやってる奴とか、退廃的な生活に染まったヒッピーもおるからな。基本的にはヒッピーは体制から外れていくという意味やろ。汚いヒッピーは好きじゃないけど、僕も規格外は好きやからな・・・それで学長やってるんやから恐ろしい話やな。

 

そうですね。テロリスト育成しないで下さいよ(笑)。

いやいや、冗談でなく真剣にテロリストとは反対の事をしたいと思ってるんやけどね。

 

でも真面目な話、そういうの反体制の思想が武力じゃなかったら良いんでしょ?過激な作品出したりだとか。

そうそう。ほんまはね、僕が思うに大学は「文化的な意味でのテロリスト」を作っていく必要があると思うねんけどね。人を傷つけたりするわけじゃなくて、人間の考え方をちゃんと本来の姿に戻していく、と。そういう強さは大学に必要やと思う。やっぱり(表現や考え方の)自由は必要やと思うね。

 

他の大学は知らないですけど、そういう意味では芸術系の大学の方がまだ自由にやれてるんじゃないんですか?あんまり押し付けが無いというか。

まぁ、芸術の場合は感覚の割合が高いからなぁ。押し付けようがないとも言える。自分が未熟ながらも創作して皆のものと比較して、そこから学んでいくというのが美術大学やと思う。最初から「この絵はこう書くんや!」って教えてもーたら、もうそれだけになるやんか。

 

感覚って言っても、美大にも講義科目はあるわけじゃないですか?

基本的に実習の先生はそこまで細かい事言わへん。感覚的に評価する一方で、講義科目では「在るべき姿」というか、本質的な事を語ってる。

 

「物の見方や考え方」はだいぶ勉強になりました。まぁそれも今思えばですけど(笑)。当時は先生に「作品で悩んでます!」って言っても「君が何を悩んでるのかわからん」って言われたり(笑)。

やっぱりある程度は「絵」を示していかないと、言葉だけでは中々伝えるのは難しいわな。

 

そうですよね。最近は特に、言葉だけで人に物を伝える事の難しさを痛感してます(笑)。

まぁそれは今、僕は学長として、個々に主張のつよい先生達をまとめてやっていってるわけやけども、口で言い放つだけじゃなくて結局文章を「書く」ということが大事なんですよ。「ポイントは3つだけや」とかいうてハッキリ文にして示したほうが、皆「ようわからんけど、そういう事にしようか」という風になってくるから。

 

なるほど。

企画の仕事でも相手に伝わらなかったときは、書いた方が何も無いよりは良いと思う。例えば「都会的」と書く事で「田舎では無い」って分かるから。或いは「女性向け」とかね。それでもそれぞれの認識の誤差はあるけど、幾らか狭まるやんか。

 

たしかにそうですね。すいません、気づいたら僕の相談みたいになってました(笑)。

大丈夫なんか?これ? (笑)

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