《interview》 須磨学園水泳部コーチ : 坂本匠

-編集・・・がんばります。で、まぁそんなアメリカ生活が終わって帰国してからの事をお願いします。

え〜と、ホンマはリオ五輪が終わるまで帰国するつもりはなくて。1人GCUの方から代表決まってたから、そいつが最後オリンピックで泳ぐとこ見て帰ろうと思っててんけど、そんなん言うてたら就職すんの9月からになるやんか。

 

-なんか急に現実的な話!

で、9月からの中途採用が水泳業界はほとんどないねん。ってなると次4月からやんか。8月終わりに帰国して7ヶ月何にもする事ないわけよ。

 

-ふんふん 。

これはやばいなぁと思って。帰国するのは前提やったからそれまでにも色々就職先は探しててんけど・・・

 

-そもそも、スイミングクラブとかの就職やったら時期とか関係無いイメージあるけど・・・。

それはスイミングクラブの方針によるなぁ。俺が探してたスイミングでは見つけれんかった。

 

-じゃあ、初めからスイミング以外で考えてたのね。

俺は教員免許持ってたから、教員をしながら水泳のコーチができたら良いなぁと思ってて・・・。

 

-そういうのを見越して大学の時からちゃんと教員免許取ってたんか!やっぱり水泳の指導者としては学校に就職するのがベストやと思う?

いや、スイミングでも良いと思うで。やけど、俺が全国(大会)行ったのは高校からやから学校の現場で指導したいっていうのはあったな。

 

-そんな思い入れがあったんや。

そんで、だから高校か大学どっちかやなと思って、最初大学で探してた。でも8月9月とか大学関係者がインカレ(全日本学生選手権)前で 忙しくてタイミングが合わんくて・・・。

 

-就活も大変ですな!僕はそんなんやった事ないですけど・・・。

4年間アメリカおったけど、毎年夏に日本にも帰ってきててん。それは、帰国した後の事を考えて繋がりというか、どういう現場に募集があるかとか。実際に帰国してる間にスイム・クリニックをやったりして。それは自分がアメリカで学んでる指導法を「どうですか?」っていう売り込みのために。

 

こちらの写真は、坂本さんがボリビアに居る友人の下に訪れた際、個人的に開いたスイム・クリニックの様子。生徒が着ている服はフェニックス・スイム・クラブが支給してくれたそうで、坂本さん曰く「認められれば待遇は良くなる」との事。

 

-アメリカ行った時点で所謂普通のレールから外れるわけやから、そうやって考えて自分で考えて動かなアカンわけなんやなぁ。

せやな。だからそうやって毎年夏に自分でどっか連絡先聞いて「ちょっとスイム・クリニックしたいんですけどどうですか?」って。そうやっていくと、逆にオファーを頂くこともあって。

 

-凄いやん!逆オファー!!

クリニックを開いた場所もそうやけど、そこの関係者からの口コミも狙ってたからな。「あいつこういうコーチングするけど、ウチは取られへんけどお前のとこ、どう?」みたいな。

 

-狙い通りやな

それで実際声掛けてもらった大学もあってんけど、ボランティアで。大学でやりたい気持ちはあったけど、条件が合わんかったなぁ。

 

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