《interview》 須磨学園水泳部コーチ : 坂本匠

 

-スイミングスクールでの指導は1年掛けて上手くいったようやけど、直談判で携わることになった大学(GCU)の方はもっと大変やったんじゃないん?

GCUは留学生が多くて、ブラジル・エジプト・ロシア・フィンランド・オランダ・ブルガリア・キルギスタン・・・とか。皆英語が第一言語じゃないから最初は皆英語に苦戦するねん。そういう環境に俺も居てて。そういう子らと文法めちゃくちゃでもコミュニケーション取るようになっていったのが、英会話力が上がった要因やったな。大学の子らはチームに「英語喋れへんのがいる」っていう環境に慣れてたからヘッドコーチも俺を受け入れてくれたと思うし、周りも一緒のレベルからスタートして一緒に英語力が上がっていったから・・・それは凄い助かったな。

 

-へぇ、GCUの人らは最初から聞く耳持ってくれたんや。

最初なんか俺、タイムも読めんかったからな。ヘッドコーチから練習用用具指示されても何言ってるかわからんからとりあえず全部持っていって「どれや!」って 笑。そんな事を1年間やってたなぁ・・笑。

 

GCUでの指導中(?)の様子。

 

-結局アメリカ生活は1年間?

いや、4年。2012のロンドン五輪後から2016年のリオ五輪前まで。

 

-4年間って決めてたん?

もう、それは親と約束してたから。だって親がお金出してくれてたし。いつまでもズルズルお金出してくれるもんちゃうからな。

 

-最初から4年とか凄い気合いやな。

ホンマの一番最初は1年間。やけど最初の1年間は相手にされへんかったし、このままじゃ何も身についてないと思って。やっと生活するぐらいの英語力が身についてきたぐらいで帰国するのが勿体ないと思ったから、1年目のアメリカ生活が終わった時に「ようやくコニュケーション取れるようなってきて、やっと水泳の勉強が本格的にできる環境になったと思うから支援してほしい」って話を親にして。その時に次の五輪までっていう約束をした。親にも「じゃあ、そこまで頑張りなさい」って言ってもらえて。

 

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