《interview》 須磨学園水泳部コーチ : 坂本匠

File No.2
須磨学園水泳部コーチ:坂本匠
聞き手/KAKELU

 

前回ご好評頂いたZANKA CONNECTIONの第2弾は、現在須磨学園の水泳部コーチとして活躍している坂本匠さんにインタビューさせて頂きました。早くから自分の目標を見つけ、その目標に向かって迷いなく進む姿は、違う道を歩んでいる方にも参考になる筈です。今回はインタビュワーの同級生という事もあり、砕けた感じのインタビューとなっておりますがご容赦下さい。

 

-さっそく経歴をお願いします。

選手としての経歴は、高校でインターハイと全国jocジュニアオリンピックカップに出場。大学は全日本学生選手権とジャパン・オープンに出場。全部背泳ぎ。

 

コーチ(指導者)としては、大学4年の時に引退して自分がやってたスイミングクラブでバイトで働きだした時にリレーで全国大会3位と200m背泳ぎで優勝。アメリカで世界選手権代表選手6名、リオ五輪代表選手1名、日本選手権優勝選手1名、全国大会2位1名・・・その他に全国大会出場・決勝まで行った選手は多くて数えられへん。

 

-なんか凄いな。しかし、選手としての経歴も凄いのに何でまた指導者に?

水泳選手としては、自分に才能を感じなくて。指導者になりたいというのはずっとあった。

 

-それはいつ頃から?大学くらい?

いや、もう小学校の時ぐらいから。

 

-早いなぁ。なんでまた?

まぁきっかけというか・・・一緒の練習してても速くなる子と速くならない子がおんねんけど、その差が何やねん、と。でも俺は一緒の練習してても「速くならへんかった子」やねん。

 

-え・・でも、経歴を聞いてる限り凄い気がするけど・・・

まぁ一般的に見たら「全国大会出場」っていうのは凄いんかもしれんけど、一緒に練習してる奴らが全国大会で当たり前にメダル取るとか。高校新記録のタイムを出すとか。そんな奴らばっかりやったから、全国大会なんて行けるのが普通って感じ。

 

-あ、もうベースのレベルが違うのね。

そうそう。だから全国大会に出たところで、メダルとか決勝残れへんかったら「あ、才能ないな」っていうのはずっと感じてたな。

 

-なるほど。

そんで大学を卒業した時にアメリカでコーチングしようかなと思って。就職したらなかなかアメリカ行く機会無いやろうし。だから、大学卒業した後スイミングクラブの就職を断ってアメリカに行く事にした。

 

-なんでまたアメリカなん?

単純にアメリカが一番メダル取ってるから。それがヨーロッパの国やったらそこ行ってたやろうし。

 

-で、向こうの大学入ったん?

いや、フェニックス・カレッジっていう語学学校。

 

フェニックス・カレッジのあるアリゾナの街並み

 

-その時の英語のレベルは?

全く。そもそも入国審査で止められて、向こうが何言ってるか全くわからんかった。その時、近くに居た中国人の女の子が助けてくれたんは覚えてる 笑。

 

-特にアメリカなんて入国審査めちゃめちゃ厳しいんちゃうん?笑

めっちゃ厳しい。まず喋れんかった時点で「何しにきてん?」って。ただ学生ビザ持ってたから周りの人が「あ、この子学生ビザで来たから英語喋れへん」って分かって助けてくれた 笑。

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